『serial experiments lain (グラフィック+テキスト版 @ソニーマガジンズ「AX」)』 (小中千昭 / 安倍吉俊)

君が失くしたら 僕は死ぬのさ

それでもぼくは、そのとき泣かずにはいられなかった。雨が降っていた。だから誰にも気付かれることはなかった。

ドロシーを乗せたつむじ風がふいたら、幽体離脱したかのように、ぼくは窓辺から飛び出し、寝静まった街を駆け巡る。そんなのデタラメだ。ほんとうにできるわけがない。けれど、誰だってこころに想像の翼をひろげることはできる。アマゾンの密林で、ジャガーになることだってできるのだ。


キリマンジャロは、高さ19,710フィートの雪におおわれた山で、アフリカ第一の高峰だといわれる。その西の頂きはマサイ語でヌガイエ・ヌガイ(神の家)と呼ばれ、その西の山頂のすぐそばには、ひからびて凍りついた一頭の豹の屍が横たわっている。そんな高い所まで、その豹が何を求めてきたか、今まで誰も説明したものはない。 (ヘミングウェイキリマンジャロの雪』)


むかしから、墜ちる天使の夢をよく視る。ある瞬間、天使がぼくとすり替わる。そして墜ちる。
強烈な恐怖、痛み、そして少しばかりの興奮。興奮。興奮。エンドルフィンがじゃぶじゃぶと音をたてんばかりに分泌される。

でも、これは夢だ。だけど痛い。疾風に斬られた頬がズキズキする。地上に叩き付けられた瞬間、視界はブラックアウトする。客電なんて点くわけがない。だって、これは夢だからね。

鈍色の空を、真新しい橋の上から眺めてみる。湿気をたっぷりと含んだ、生暖かい誰彼(たそがれ)が好きだ。仄明るい駅の方からは、家路をいそぐ人たちの幽かなざわめき。帰る場所を持たないぼくは。家々の裏手へまわり、漂ってくる家族の匂いを嗅ぐのだ。肉じゃが。カレーライス。心に空いた穴。


玲音は、決して鉈でママの頭を割ったりはしない。パパが隠し持っていた拳銃で、闇を裂くのだ。そして、その場に居合わせた自分を、少しだけ幸せに思う。